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8.22.2026

My Long-Term Training Program for Foreign Teachers of the Japanese Language 2008–2009 への参加経験

この研修は、埼玉県にある The Japan Foundation Japanese-Language Institute, Urawa(国際交流基金日本語国際センター・浦和) で、2008年9月10日から2009年3月6日まで、約半年間行われました。参加者は世界22か国から選ばれた外国人日本語教師38名で、タイから選ばれたのは2名でした。

私にとって、この研修の助成を受けて参加できたことは、仕事を始めたばかりの時期の大きな出来事でした。当時の私は、日本語教育の世界ではまだ新しい教師で、教えた経験は全部で約2年でした。年齢も20代で、30歳にはまだなっていませんでした。実際の教室で少しずつ経験を積み始めた時期でしたが、日本語、日本語の教え方、日本社会、日本文化、日本人の考え方について、まだ学ばなければならないことがたくさんありました。

✌研修の助成を受けたことと渡日前の準備

今でも大切に保管している書類の一つが、The Japan Foundation, Bangkok から届いた2008年4月4日付の通知です。そこには、国際交流基金本部の決定により、私が日本で行われる 2008–2009 Long-Term Training Program for Foreign Teachers of the Japanese Language に参加することになったと書かれていました。

その時、一緒に送られてきた書類には、Grant Letter、Terms and Conditions、Acceptance Form のほか、健康、保険、日本への渡航準備に関する書類などがありました。

The Japan Foundation, Bangkok からの採用通知

2008年4月4日付 The Japan Foundation, Bangkok からの通知。Long-Term Training Program for Foreign Teachers of the Japanese Language 2008–2009 への参加が決まったことが書かれています。

この通知を受け取った時は、うれしい気持ちと誇りに思う気持ちがありました。これは普通の日本語留学ではなく、世界各国で日本語を教えている外国人教師を育成するための研修だと分かっていたからです。

The Japan Foundation、つまり 国際交流基金 は、日本語教育、日本文化、日本研究、国際的な文化交流などを進めている日本の公的な機関です。私が当時作成した報告書でも、国際交流基金の主な活動として、日本語、日本文化、日本研究、学術交流などを記録しています。

そのため、私にとってこの研修の助成を受けたことは、単に日本で生活する費用を支援してもらったという意味だけではありませんでした。日本側から国際交流基金を通して、外国人日本語教師としての知識と能力を体系的に高める機会をいただいたという意味がありました。

😀浦和へ行く前の教師経験

研修に参加する前、私は日本語教師として約2年間の経験がありました。

最初は タクシン大学(Thaksin University) で約1年間教え、その後、泰日工業大学(Thai-Nichi Institute of Technology) で約1年間日本語を教えてから、日本へ行きました。

今から考えると、2年間という経験は、まだ職業生活の初めの段階です。当時の私は、日本語教育の世界ではまだ新しい教師であり、経験もそれほど多くありませんでした。

しかし、2年間教えていたことには良い点もありました。教室で実際に起きる問題が少しずつ見えるようになっていたからです。

例えば、なぜ学習者はある文法を理解するのが難しいのか、意味が似ている文型の違いをどう説明すればよいのか、どのような順番で内容を教えればよいのか、どうすれば学習者が話すことを怖がらなくなるのか、そして教師が持っている日本語の知識を、どのように学習者が理解して実際に使える形に変えればよいのか、という疑問がありました。

そのような時期に浦和の研修に参加できたことは、ちょうど良いタイミングだったと思います。

私は、長い経験を持ち、自分の教え方が完全に固まっている教師ではありませんでした。一方で、まったく教えた経験がない人でもありませんでした。そのため、教室で実際に感じていた問題や疑問を持って浦和へ行き、研修で学んだこととすぐに比較することができました。

また、まだ新しい教師だった時期にこの研修を受けたことは、教師としての力、能力、専門性を高める出発点になったと思います。日本語力だけでなく、言語をどのように伝えるか、授業をどう組み立てるか、教材をどう作るか、日本語を母語としない学習者をどう理解するか、という点でも大きな学びがありました。

👌学生としての日本から、教師として見る日本へ

この研修より前にも、私は何回か日本へ行ったことがありました。研修の終わりごろに国際交流基金のウェブサイトに掲載されたインタビューでも、今回が4回目の来日だと話しています。

しかし、それまでの日本訪問の多くは、私がまだ学生だった時でした。

そのころの日本語力は、教師として働き始めた後のレベルとは違いました。また、日本を見る視点も、日本語を勉強している若い学生としての視点が中心でした。

学生の時に日本へ来ると、言葉、人、交通、町、食べ物、技術、社会のマナー、日常生活など、タイと違うものを見ることがとても新しく感じられました。

私は、そのころの日本を主に学習者と訪問者の立場から見ていたと思います。

しかし、2008年に浦和へ来た時には、私の立場は変わっていました。

私はまだ20代の若い人でしたが、もう学生としてだけ日本へ来たのではありません。日本語を教える教師として来ました。

この立場の変化によって、日本を見る方法も変わりました。

日本人がある表現を使うのを聞いた時、ただ「この言葉はどういう意味だろう」と思うだけではなく、「これをタイ人の学生にどう説明すればよいだろう」と考えるようになりました。

日本社会のある行動を見た時も、タイと違うと感じるだけではなく、その背景にどのような社会的・文化的な理由があるのか考えるようになりました。

日本の組織の仕事の進め方、仕組み、管理方法を見る時も、それが日本の文化や人々の考え方とどのように関係しているのかを考えるようになりました。

そのため、私の日本に対する見方は、自分のために学びたい日本から、学生や社会の人々に伝えることができる知識としての日本へ少しずつ変わっていきました。

この研修は、自分自身を成長させる経験であると同時に、帰国後に他の人のために使う知識を集める経験でもありました。

👉The Japan Foundation Japanese-Language Institute, Urawa の重要性

この研修の助成を受けたことを特に誇りに思う理由の一つは、研修場所が The Japan Foundation Japanese-Language Institute, Urawa(国際交流基金日本語国際センター) だったことです。

外国人に対する日本語教育の分野では、浦和は単なる日本語学校ではありません。国際交流基金の重要な専門機関として、世界各国の日本語教師の育成、日本語教育に関する知識、教え方、教材などの開発に大きな役割を持っています。

私は、ここで研修を受けることは、外国人日本語教師を育成する分野で世界的に重要な拠点の一つから学ぶ機会だと考えています。

浦和で研修を受けたからといって、その人が自動的に「世界で一番よい教師」になるという意味ではありません。しかし、日本語力、教授法、日本理解の三つを含む、高い水準の研修を受ける機会であることは確かだと思います。

当時のように、まだ教師になったばかりの私にとって、この機会は特に大きな意味がありました。

ここで学んだことは、一人の先生の個人的なテクニックだけではありません。国際交流基金が世界各地の日本語教育を支援してきた長い経験をもとにした研修でした。

😇日本語を母語としない日本語教師

このプログラムの大きな特徴は、参加者が全員外国人の日本語教師だったことです。

私たちは日本語を母語として育った人ではありません。それぞれが日本語を外国語として学びました。人によっては最初の外国語として、人によっては第二、第三の外国語として日本語を学んでいました。

そして、自分が学んだ日本語を、日本語が日常の主な言語ではない自分の国で学生に教えていました。

この点はとても重要だと思います。

日本語を母語としない教師は、自分自身が日本語学習者だった経験を持っています。

何が難しかったかを覚えています。たくさんの漢字を覚える大変さも分かります。意味が似ている文型で迷った経験もあります。間違えて話すことが怖かった経験もあります。また、日本人にとっては自然でも、外国人には分かりにくい考え方を理解しようと努力した経験があります。

そのため、外国人教師を育成することは、外国人教師を日本人のようにすることではありません。自分が外国語として日本語を学んだ経験を強みにして、自国の学習者に日本語を分かりやすく伝えられる教師になることだと思います。

これは浦和の研修の大切な価値の一つだと感じました。

22か国から集まった38名の参加者

私たちの研修には、22か国から38が参加し、タイからは2名が選ばれました。

参加国は次の通りです。

             韓国

             モンゴル

             インドネシア

             タイ

             フィリピン

             ベトナム

             ミャンマー

             ラオス

             スリランカ

             ネパール

             キューバ

             チリ

             パラグアイ

             ブラジル

             ベネズエラ

             ウクライナ

             ウズベキスタン

             キルギス

             タジキスタン

             ルーマニア

             ロシア

             ケニア

参加者の多くは大学教員、高校などの教師、語学学校の教師、または日本語に関係する機関で働いていました。日本語関係の分野で学士、修士、博士の学位を持つ人も多くいました。

私が覚えているもう一つのことは、参加者の年齢がそれほど離れていなかったことです。また、全員がすでにある程度、日本語教師として働いた経験を持っていました。

そのため、普通の留学生の集まりとは少し違う雰囲気がありました。

全員に共通していたのは、教師であることでした。

それぞれの国に自分の学生がいました。教え方について解決したい問題があり、日本語について聞きたいことがあり、教室での経験を他の教師と共有したい気持ちもありました。そして、研修が終わったら、ここで学んだことを自国の学生に持ち帰るという目的がありました。

そのため、参加者同士の関係は、ただのクラスメートではなく、同じ仕事をする仲間という面も強かったです。

😊日本語を共通語として生活すること

22か国から来た38人が、約半年間一緒に生活することを考えると、さまざまな違いがあります。

母語が違います。教育制度も違います。コミュニケーションの文化、意見の言い方、時間に対する考え方、個人のスペースの取り方も違います。何を「丁寧」と感じるか、何を「親しみ」と感じるかも同じではありません。

しかし、私たちに共通していたものは日本語でした。

当時の報告書にも、授業と参加者同士のコミュニケーションでは日本語を基本的に使い、必要な場合だけ英語を使ったと記録しています。

つまり、日本語は一日に何時間か勉強する科目だけではなく、生活の共通語になっていました。

教室でも日本語を使い、食事の時も、旅行の時も、ロシア、インドネシア、ブラジル、ベトナム、ケニアなどから来た友人と話す時も日本語を使いました。また、考え方が違う時にも、日本語で説明し、理解しようとしました。

異文化コミュニケーションという視点で見ると、これはとても興味深い経験でした。

22か国の人々が一緒に暮らすために、自分の文化を捨てる必要はありませんでした。私たちは、日本語と日本社会の環境を共通の場として、そこで話し合い、お互いに調整していました。

以前、私は日本語と日本文化が文化の違いの「衝突を受け止める壁」のような役割をしていたと考えたことがあります。しかし今考えると、共通の場という言葉のほうが合っています。それぞれの文化を分ける壁ではなく、違う文化が同じ場所で出会うための共通の基準になっていたからです。

日常生活の中での異文化学習

私はもともと、文化の多様性、異文化コミュニケーション、異なる背景を持つ人々が一緒に生活することに関心がありました。

そのため、浦和での生活はこの面でも大きな学びになりました。

授業には時間割がありますが、文化についての学びは24時間続いていました。

朝起きてから寝るまで、各国の友人の考え方や行動を見る機会がありました。

違いは小さいことにも表れます。例えば、

             あいさつの方法

             直接言うか、遠回しに言うか

             授業での意見の出し方

             先生への質問の仕方

             時間を守ることへの考え方

             前もって計画する方法

             個人の空間の取り方

             一緒に食事をする時の行動

             グループでの仕事の仕方

             不満の表し方

             謝り方

             みんなで決める方法

などです。

はっきり意見を言う文化から来た人もいれば、できるだけ対立を避ける文化に慣れている人もいました。話し合いが好きな人もいれば、よく聞いてから話す人もいました。いつもグループで行動する人もいれば、一人の時間を大切にする人もいました。

どちらが正しくて、どちらが間違っているという話ではありません。

自分が普通だと思っている考え方は、世界で唯一の方法ではないということを学びました。

一緒に生活するためには、よく観察すること、調整すること、分からない時に質問すること、そして相手の立場から考えてみることが必要でした。

時間がたつと、最初は違いとして感じたものが、お互いを理解するための大切な経験になっていきました。

各国の日本語教師とのネットワーク

この研修では、教師同士のネットワークもできました。

全員が日本語教師だったので、日常生活の話だけでなく、授業について多くのことを話すことができました。

例えば、タイの学生は何が難しいのか、インドネシアの学生は漢字をどう学ぶのか、ロシアや東ヨーロッパの学習者はどんな発音が難しいのか、漢字文化圏ではない国の学習者と漢字に慣れている国の学習者では何が違うのか、どんな教材を使っているのか、大学で教えている人はどんな授業をしているのか、高校生を教えている人はどのような問題を持っているのか、同じ文法を他の国の教師はどう説明するのか、などです。

それぞれが自分の教室で経験したことが、他の教師にとっても学びになりました。

そこでできた友人関係は、個人的な友情だけでなく、専門職としてのつながりでもありました。

研修開始時のレベル分け試験

浦和に到着すると、参加者全員が日本語能力によるクラス分けのために、筆記試験と面接を受けました。

研修は大きく Course A Course B に分かれていました。

Course A は当時の日本語能力試験2級にまだ達していない人、Course B 2級またはそれ以上の日本語力を持つ人を対象としていました。

それぞれのCourse2クラスに分かれ、全部で4クラスでした。

私は Course B の第4クラス になりました。研修参加者の中では、より高いレベルの日本語内容を学ぶクラスでした。

Course B の Outline of the Course

Course B の Outline of the Course。当時の日本語能力試験2級、または同程度以上の日本語力を持つ教師を対象としたコースです。

教師として働き始めた後に、もう一度学生の立場に戻ることはとても勉強になりました。

難しい内容を学ぶこと、質問に答えられないこと、宿題をすること、評価を受けること、feedback をもらうこと、そして先生の説明によって難しいことが理解できるようになることなどを、もう一度学習者として経験しました。

それによって、自分の学生の気持ちも考えるようになりました。

研修の目標

研修の資料では、日本語力を高めることだけでなく、いくつかの目標が示されていました。

大きく整理すると、次のような内容です。

             日本語日本語を中心にコミュニケーションできる力を伸ばす

             教授法自分の教え方を見つめ、分析し、改善する

             自律学習研修後も自分で学び続ける計画を立てる

             IT・技術教育で技術やメディアを効果的に使う

             社会・ネットワーク各国の教師と関係を作り、ネットワークを広げる

             文化日本文化を理解すると同時に、比較しながら自分の文化も見直す

私は、この目標は研修の考え方をよく表していると思います。

日本語教師は、日本語を知っているだけでは十分ではありません。教える力、自分で学び続ける力、教材やメディアを使う力、社会を理解する力、違う背景を持つ人と仕事をする力も必要です。

Course B の構成

私が学んだ Course B には、大きく三つの目的がありました。

一つ目は、授業や実際の使用に必要な日本語力をさらに高めることです。

二つ目は、日本語教授法の知識と技術を高めることです。特に中級以上の学習者に対する教え方も含まれていました。

三つ目は、日本社会や日本人と直接接し、教科書だけでは得られない日本理解を深めることです。

そのため、コースには日本語、教授法、選択科目、特別講義、IT、文化活動、校外研修などが入っていました。

授業時間

2009年3月4日に The Japan Foundation Japanese-Language Institute, Urawa から発行された正式な Certificate では、研修の授業時間は合計 380時間と記載されています。

科目区分

時間数

Japanese-Language (Compulsory)

170時間

Teaching Methodology

137時間

Japanese-Language (Elective)

52時間

Special Lectures

21時間

合計

380時間

 

Certificate

2009年3月4日に The Japan Foundation Japanese-Language Institute, Urawa から発行された Certificate。

当時私が作成した研修報告書では、活動、個人指導、評価などの時間も含めて計算していたため、授業時間について別の数字も出ています。しかし、この文章では、正式な Certificate に記載された 380時間を基準にしています。

また、この380時間以外にも、文化活動、校外研修、日本での生活そのものから学んだことがたくさんありました。それら全部を Certificate の時間数だけで表すことはできません。

Course B での日本語学習

Course B の日本語科目はかなり集中的でした。

主な内容は次の通りです。

Reading Comprehension

読む練習は、文字を読んだり意味を訳したりするだけではありませんでした。中級から上級レベルの日本語の文章を、ある程度速く、正確に理解することが求められました。また、読解のテーマを通して、日本の社会、ニュース、出来事についても学びました。

Grammar

Grammar は、教師にとって特に大切な科目の一つでした。新しい文型を覚えるだけではなく、自分の文法知識をもう一度確認し、それぞれの文型がどのような場面で使われるのか、自分がまだ正しく使えていない部分はどこかを考えました。

外国人教師にとって、この点はとても重要です。文法の意味を知っていることと、「なぜ日本人はこの場面でこの形を使うのか」を学習者に説明できることは、同じではないからです。

Oral Communication

話す練習は、日常会話だけではありませんでした。社会的なテーマについて話したり、情報を聞いて理解したり、話す相手との関係に合わせて表現を選んだりする練習も含まれていました。

Composition

作文では、文の構造、要約、出来事の説明、自分の考えや気持ちの表現、そして自分の意見を順序立てて適切な表現で書くことなどを練習しました。

Teaching Methodology と教師としての成長

まだ新しい教師だった私にとって、Teaching Methodology はこの研修の中でも特に意味のある部分でした。

第一学期では、自分の授業を見直し、弱いところを探し、授業計画の作り方、教材のデザイン、初級学習者への教え方などを学びました。

第二学期では、中級以上の学習者への教え方に進み、教え方を選ぶこと、教材を作ること、自国に帰った後に自分の授業で使える方法を考えることなどを学びました。

この研修を通して、私がはっきり理解するようになったことの一つは、

「日本語が上手に使えること」と「日本語を上手に教えられること」は同じではない

ということです。

日本語をとても流暢に話せる人でも、学習者に分かりやすく説明できるとは限りません。

教えるためには、学習者を分析すること、内容の順番を考えること、適切な例を選ぶこと、活動を組み立てること、理解度を確認すること、学習意欲を高めること、feedback をすること、そして学習者が実際に日本語を使えるようにすることなど、別の力も必要です。

教師になってまだ間もない時期に、このようなことを体系的に学べたことは、私にとって大きな意味がありました。

最初の2年間の自分の授業を振り返り、「今までやってきた方法にはどのような理由があるのか」「何を変えたほうがよいのか」「これから何をもっと伸ばすべきか」を考えることができました。

選択科目と特定の技能の強化

Course B には、自分が伸ばしたい分野を選んで学ぶ選択科目もありました。

第一学期には、例えば Listening や発音訓練などがありました。第二学期には、Practical WritingJapanese Studies through MediaKanji and Vocabulary などがありました。

私の Transcript に記載されている選択科目は、次の三つです。

             Listening Training

             Practical Writing

             Kanji & Vocabulary

私は、このように教師一人ひとりが自分の弱い部分を見つけ、その部分をさらに学べる仕組みは重要だと思いました。

Special Lectures とより広い日本理解

研修には Special Lectures もありました。

日本社会や日本文化について理解を深める内容のほか、国際交流基金が作った教材や新しい教育メディアの紹介もありました。教室の授業だけに学習を限定せず、いろいろな方法で日本語を学べるようにする考え方も学びました。

この部分によって、日本語学習と社会を別々に考えないようになりました。

一つの文がどう作られるかだけではなく、その文がどのような社会の中で使われるか、日本人同士の関係はどうなっているか、社会的な場面が言葉のレベルにどう影響するか、文化的な素材を日本語学習にどう使えるか、ということも考えました。

コンピューター、技術、教材

研修では、授業で使うコンピューターや電子メディアについても学びました。例えば、映像教材を作ること、状況に合うメディアを選ぶこと、インターネットを通して教材を共有することなどです。

20082009年という時代を考えると、このように教育にデジタル技術を取り入れることには大きな意味がありました。今ほどデジタル教材が一般的ではなかったからです。

私にとって大切だったのは、新しい技術だから使うということではなく、授業の目的に合う道具を選ぶという考え方でした。

実際の経験を通して日本文化を学ぶ

通常の授業時間以外にも、浦和では日本文化や日本社会を直接経験するための活動がたくさんありました。

当時の報告書には、書道、折り紙、日本舞踊、生け花、茶道、Home Stay、東京見学、横浜見学、日光研修、京都・奈良・大阪・広島への研修旅行、埼玉県の地域の人々との交流、学校訪問、文楽、歌舞伎、相撲、防災訓練などが記録されています。

帰国後に日本語や日本について教える立場の人にとって、文化を実際に経験することはとても大切です。教科書で読んだ知識だけよりも、実際に見て経験したことを持っているほうが、日本についてより具体的に説明できるからです。

書道

2008103には、3時間の書道体験がありました。

筆の持ち方、線の書き方、力の入れ方、筆で書いた線の特徴などから学びました。

書道体験

The Japan Foundation Japanese-Language Institute, Urawa での書道体験。

この活動を通して、漢字は文字としての役割だけではなく、芸術、歴史、美しさに対する考え方とも関係していることを感じました。

折り紙

20081015には折り紙を学びました。

鶴、花、花びんなど、いろいろな形の折り方を学びました。当時の報告書では、折り紙は文化体験だけでなく、日本語授業の活動として使うこともできると書いています。

教師の立場から見ると、文化を別の科目としてだけ扱う必要はなく、日本語を学ぶ活動の中に入れることもできると分かりました。

日本舞踊

日本舞踊の活動は10月から始まり、数か月間続けて練習しました。埼玉県の国際交流イベントで発表するための準備でもありました。

いくつかの曲と踊りを、各国の研修参加者と一緒に練習しました。

日本舞踊の練習

各国から来た日本語教師と一緒に行った日本舞踊の練習。

この活動には、文化を学ぶ面と、一緒に協力する面の両方がありました。違う文化背景を持つ参加者が、同じ発表のために一緒に練習する必要があったからです。

生け花

20081024には、生け花を学びました。

参加者は自分で花を生け、花の順番、位置、色の選び方などを学びました。また、生け花の歴史や考え方についても説明を受けました。

当時の報告書では、生け花には、日本人が自然をどう見るか、人と自然の関係をどう感じるかという考え方も表れていると書きました。

生け花

生け花を学んだ時の活動。

茶道

2008117には、茶道を学びました。

参加者は、茶を点てる方法だけでなく、茶道でのマナー、茶の受け方と飲み方も学びました。

茶道

日本の茶道の作法と基本的な流れを学んだ時の様子。

私にとって茶道は、日本文化が細かい部分、順序、人と人の関係、相手を大切にすることをどのように考えているかを見る機会になりました。

日本人家庭での Home Stay

20081025日から26まで、埼玉県行田市の日本人家庭で Home Stay をしました。

浦和のセンターからは電車で約2時間かかりました。

私が泊まった家庭は4人家族でした。滞在中は、料理などの日常生活の活動に参加し、家族と一緒に地域のいろいろな場所にも行きました。

Home Stay

埼玉県の日本人家庭での Home Stay

語学を学ぶ人にとって Home Stay はとても良い経験だと思います。家庭や日常生活で使われる日本語は、教科書に出てくる日本語と少し違うこともあるからです。

東京での校外研修

2008917には、東京で校外研修がありました。

国会議事堂、浅草の浅草寺、江戸東京博物館、東京タワーなどを訪問しました。

東京での校外研修

東京での校外研修。

これは単に東京を観光する活動ではなく、政治、歴史、宗教、都市の発展など、いくつかの面から首都を学ぶ機会でした。

横浜での校外研修

20081010には横浜へ行きました。

博物館、中華街、みなとみらい地区などを訪問し、日本における中国系コミュニティーの歴史や、中国文化が日本の食文化や社会に与えた影響についても学びました。

横浜での校外研修

横浜での校外研修。

この経験から、日本文化も一つの形のまま存在してきたのではなく、歴史の中で他の文化を受け入れ、交流し、変化してきたことが分かりました。

日光での研修

第一学期終了後の 20081127日から28には、世界遺産のある日光へ行きました。

徳川家康に関係する歴史を学び、旅館に宿泊し、地域の工芸に関係する場所も訪問しました。

日光での研修

日光での研修。

実際の場所に行くことで、本で読んでいた歴史に具体的な背景が加わりました。また、帰国後に学生へ説明する時にも、自分の経験を使って話すことができるようになりました。

京都・奈良・大阪・広島への研修旅行

研修の後半には、数日間の研修旅行があり、京都、奈良、大阪、広島を訪問しました。

京都と奈良では、歴史、寺院、建築、時代による芸術の違い、仏教が日本社会や建築に与えた影響などを学びました。

大阪では、環境に配慮したごみ処理施設を見学しました。コンピューターによる管理や新しい技術を見ることができました。また、現代文化やメディアに関係する施設も見学しました。

広島では、平和記念資料館を訪れ、第二次世界大戦の歴史について学び、その後、宮島にも行きました。

関西・広島研修旅行

京都、奈良、大阪、広島、宮島での研修旅行。

帰国後に日本について教える人にとって、実際の場所を見ることは大きな意味があります。歴史、宗教、芸術、社会、人々の記憶がどのようにつながっているかを、より具体的に理解できるからです。

埼玉県の地域の人々との交流

この研修では、地域の人々との交流も大切にされていました。

埼玉県の人々と話す機会があり、生活に必要な場所や地域についても紹介してもらいました。

埼玉県の地域交流

埼玉県の地域の人々との交流活動。

その国を理解するためには、有名な観光地を見るだけでなく、地域で普通に生活している人と接することも大切だと思います。そこから日常生活の社会を見ることができます。

日本の学校訪問

教師として特に直接役に立った活動の一つは、埼玉県の小学校と中等教育の学校を訪問したことです。

中等教育の学校訪問は200811月、小学校訪問は2009130日に行われました。

目的は、実際の学校を見ながら日本の教育制度を理解し、先生や生徒と話したり、一緒に活動したりすることでした。

にとって、実際の教室を見ることはとても勉強になりました。日本の子どもが何を学んでいるかだけでなく、教師と生徒の関係、教室の使い方、活動の進め方、学校が社会の中でどのような役割を持っているかを見ることができたからです。

文楽、歌舞伎、相撲

研修には、日本の伝統芸能や伝統文化を学ぶ活動もありました。

20081212には、国立劇場で文楽を見ました。

当時の報告書では、伝統的な人形の使い方や、外国人学習者には理解が難しい古い日本語が使われていたことなどを書きました。

また、江戸時代から発展した日本の代表的な舞台芸術の一つである歌舞伎も見ました。

日本の伝統芸能

日本の伝統芸能を学んだ時の活動。

2009116には、相撲を見学しました。

実際に見る前に、相撲の歴史、ルール、勝敗の判断方法などについて説明を受けました。そのため、会場で何が起きているのかを理解しながら見ることができました。

相撲見学

相撲の歴史やルールを学んだ後で、実際の取組を見学しました。

このような活動によって、文化を「見るもの」としてだけではなく、その背景や意味も考えることができました。

防災訓練

20081017には、センターの年次防災訓練に参加しました。研修参加者だけでなく、近くに住む地域の人々も一緒に参加しました。

地震や火災などを想定し、災害が起きた時にどう行動するかを練習しました。

日本語教育とは直接関係のない活動ですが、日本社会がリスクに対してどのように準備し、組織として対応するかを見ることができました。

私にとっては、このような経験も、その後、日本の組織の運営や管理方法に関心を持つきっかけの一つになりました。

日本の仕事の進め方や管理について学んだこと

この研修は経営学のコースではありませんでした。しかし、日本で約半年生活したことで、日本の組織がどのように仕事を進め、管理しているかを日常の中で見る機会がありました。

時間割の作り方、役割分担、活動の準備、情報の伝え方、連絡と調整、時間を大切にすること、細かい部分を確認すること、さまざまな国から来た参加者をサポートすること、安全管理など、いろいろな場面を見ることができました。

そのような経験から、日本の仕事の進め方は、日本社会の文化や人々の考え方とどのように関係しているのだろう、と考えるようになりました。

その後、私の関心は「日本語をどう話すか」だけではなく、日本人はどのようにコミュニケーションするのか、日本の組織はどのように決めるのか、人間関係が言葉の使い方にどう影響するのか、グループに対する責任感はどのように作られるのか、そして日本的な仕事の進め方をタイで使う時、タイ人と日本人の間でどのような理解や誤解が起きるのか、ということにも広がっていきました。

この部分は、特定の一つの授業から学んだものではありません。毎日の観察、生活、そしていろいろな経験を合わせて考える中で得たものです。

授業以外で日本人スタッフと過ごした時間

もう一つ、今でも覚えていて、国際交流基金のインタビューにも記録が残っていることがあります。それは、空いている時間にセンターのスタッフとよく話していたことです。

今回が4回目の来日だったので、私の関心は観光したり新しい場所を見たりすることだけではありませんでした。

せっかく日本にいるのだから、できるだけ多く日本人と話したいと思っていました。

授業が終わった後、私はよく管理室のスタッフのところへ行き、どのような仕事をしているのかを見たり、仕事について質問したり、その日に覚えた日本語の言葉や表現を実際の日本人に使ってみたりしました。

インタビューには、夜間勤務のスタッフと一緒にセンター内を巡回したこともある、と書かれています。また、記事を書いた人は冗談で、「センターのことをスタッフの一部よりよく知っているかもしれない」と書いていました。

The Japan Foundation のインタビュー記事

研修中の生活について The Japan Foundation が行ったインタビュー記事の写真。

私にとって、これも日本語学習の一部でした。

本で勉強すると文法や構造が分かります。しかし、人と実際に話すことで、その言葉が現実の生活の中でどのように使われているかを学ぶことができます。

Transcript に記録された成績

研修が終わる時、各科目の評価が記載された Transcript を受け取りました。

価基準は次の通りでした。

             A = 80–100点

             B = 70–79点

             C = 60–69点

             D = 60点未満

私の成績は次の通りです。

科目

評価

Grammar

B

Oral Communication

A

Reading Comprehension

C

Composition

A

Teaching Methodology I

A

Teaching Methodology II

A

Listening Training

A

Practical Writing

A

Kanji & Vocabulary

A

9科目のうち、A7科目、B1科目、C1科目でした。

全体として見ると、私はこの成績を良い結果だったと考えています。

特にうれしく、誇りに思ったのは、Teaching Methodology I と Teaching Methodology II の両方で A を取れたことです。

浦和へ来た一番の目的は、自分の日本語を上達させることだけではなく、教師として成長することでした。そのため、日本語教授法の科目でよい評価を得られたことは、私にとって特に意味がありました。

OPI – Oral Proficiency Interview の結果

各科目の評価以外に、私は日本語の会話能力を評価する OPI – Oral Proficiency Interview も受けました。評価日は 2009218でした。結果は、上級(中) – Advanced Midでした。

 

の評価で私が特に良いと思う点は、レベルだけではなく、「何ができるか」「どこをもっと伸ばす必要があるか」についても細かく書かれていたことです。

評価の記録によると、私はバンコクの交通について、鉄道、バス、地下鉄、交通渋滞などを比較的詳しく説明できました。また、全体として比較的自然に日本語で会話し、文型を間違えた時に自分で直すこともできました。質問に答えながら長く話を続けることもでき、すぐ答えるのが難しい質問でも、会話を続けるための表現を使うことができたと評価されました。

一方で、もっと伸ばす必要がある点も書かれていました。例えば、抽象的な質問に答えること、長所と短所を比較しながら順序よく説明すること、role play の場面で 敬語を使うことなどです。

私にとって、このような評価は数字だけを見るより役に立ちました。

自分がもうできることと、これから学ぶ必要があることの両方が分かるからです。

OPI Advanced Mid という結果と、Transcript 9科目中7科目がAだったことを合わせて見ると、私はこの研修での学習結果は十分よいものだったと思います。今、書類を見直しても、誇りに思うことができます。

個人的な問題があった時期

この研修全体はとても価値のある経験でしたが、約半年の生活が、勉強、活動、旅行だけで順調に進んだわけではありません。

ある時期、私には個人的な問題があり、それが気持ちや勉強への集中にも少し影響しました。

外国にいて、慣れた環境から離れ、同時にかなり忙しい研修を続けていると、私生活の問題が学習に影響することもあります。

その時期は、気持ちが不安定になり、ほかの時期と同じように勉強へ集中できないこともありました。

このことも書いておく必要があると思います。半年間の経験をできるだけ正直に記録するなら、良かったことだけを書くのでは十分ではないからです。

実際の生活では、いろいろなことが同時に起きます。

しかし、その問題も時間とともに過ぎました。私は少しずつ自分を調整し、自分の気持ちと向き合い、もう一度勉強や目の前のことに集中するようになりました。

今振り返ると、その時期を経験から消したいとは思いません。それも自分について学んだ一部分であり、問題を通った後、自分が少し強くなったと思うからです。

日本を見る視点の変化

研修前と研修後の自分を比べると、大きく変わったことの一つは、日本を見る視点だったと思います。

それ以前は、学生として日本へ来て、自分が興味を持つもの、新しいもの、日本語を上達させるためのものとして日本を学んでいました。

しかし、教師として浦和へ来たことで、同じものを別の視点から見るようになりました。

何かを見た時、「これをタイ人学習者にどう説明すればよいか」「これは日本語とどう関係しているか」「この行動の背景にはどのような文化があるか」「この理解はタイ人が日本人と一緒に働く時に役に立つだろうか」「日本のやり方をそのまままねするのではなく、どの部分ならタイで使うことができるだろうか」と考えるようになりました。

このような質問を持つことで、私の関心は日本語から、日本社会、日本文化、教育、仕事、組織の管理へと広がっていきました。

日本語、日本文化、日本的な管理・仕事の進め方

浦和での経験から、私は言語、社会、文化、仕事の進め方は完全に別々のものではないと、よりはっきり感じるようになりました。

言葉の選び方は、人と人の関係と関係があります。

敬語の使い方は、社会的な関係や話す人の役割と関係があります。

グループで仕事をする方法は、集団への責任感と関係があります。

時間を守ることは、他の人の時間を大切にすることや、一緒に仕事を進めることと関係があります。

前もって準備すること、細かいところを確認すること、役割を分けることなども、組織の管理方法や文化の一部を表していると思います。

タイへ帰る時、私が持ち帰りたいと思ったものは、日本語の教え方だけではありませんでした。日本社会、日本文化、異文化コミュニケーション、日本的な仕事の進め方や管理の考え方についての理解も含まれていました。

タイには日本企業や日本関係の組織が多くあります。そのため、日本語だけを理解していても十分ではない場合があります。

日本人と一緒に働く人には、日本人の考え方、コミュニケーション、組織の中で期待される行動などを理解することも必要です。

そのため、その後、私が日本について伝えたい内容は、日本語だけではなく、日本社会、日本文化、そしてタイにおける日本企業の経営や仕事の考え方にもつながっていきました。

タイ社会に持ち帰りたいと思ったこと

当時、私はまだ新しい教師で、年齢も20代でした。

しかし、日本で研修の助成を受けたことによって、自分の役割を教室の前で日本語を教える人だけとして見るのではなく、もう少し広く考えるようになりました。

外国語教師は、二つの社会の理解を深めることにも少し役割を持つことができると思います。

言葉だけを説明し、背景を説明しなければ、学習者は単語を知っていても、その言葉を使う人々を十分に理解できないかもしれません。

一方、言葉と、その背景にある社会的な理由の両方を説明できれば、学習者は別の文化をもっと深く理解できると思います。

私が浦和から持ち帰りたいと思ったことには、いくつかのレベルがありました。

             学生・大学生のレベル研修で学んだ教え方や教材を使い、日本語学習をよりよくする

             文化理解のレベル言葉の使い方が考え方や社会的な場面とどう関係しているかを学習者に伝える

             仕事のレベル日本人と働くタイ人が、日本人のコミュニケーションや組織文化を理解する助けにする

             社会のレベル日本について背景を含めて伝え、単純なイメージや決めつけを減らし、タイ社会の日本理解を広げる

そして、もっと広く考えれば、このような活動は小さな部分であっても、タイと日本の関係を支えることにつながると思いました。

今振り返って考える研修助成の意味

採用通知を受け取った日は、日本へ行って半年間研修できることがうれしかったです。

しかし、時間がたつと、この研修助成の意味は少し変わって見えるようになりました。

今、通知、CertificateTranscriptOPI の結果を見ると、単なる研修の証明書だけが見えるわけではありません。

そこには、まだ新しい教師で、20代で、知識も経験も十分ではなかった自分がいます。しかし、その時に世界各国の日本語教師と一緒に生活し、専門的な先生と機関から学び、毎日の生活で日本語を使い、日本文化だけでなく他国の文化にも触れる機会をいただきました。

この研修の助成は、私にとって専門職としての力を伸ばし始める大切な出発点の一つになりました。

もしあの時、浦和へ行っていなかったら、日本語の見方、教え方の見方、日本を見る視点は、別の形で発展していたかもしれません。

👌新しい教師から、よりはっきりした専門的な基礎へ

出発前の私は、約2年間の教師経験がありました。

ある程度の日本語力があり、日本についてもある程度知っていて、何回か日本へ行ったこともありました。

しかし、外国人に日本語を教える教師という仕事の全体を理解できるほどの経験は、まだありませんでした。

浦和での半年間は、その足りない部分をいろいろな面から補ってくれました。

研修を終えたから、すべてを知るようになったという意味ではありません。

むしろ、まだ学ぶべきことがたくさんあることが、以前よりはっきり分かりました。

ただ、研修後は、自分がどのように成長していけばよいかという枠組みが以前より明確になりました。

教えるためには学習者を分析する必要があること、言葉は社会的な文脈から切り離せないこと、教師もいつも学習者に戻る必要があること、異文化コミュニケーションには双方の調整が必要なこと、一つの国を理解するには旅行や本だけでは足りず、言葉、経験、人々、長い観察を合わせて考える必要があることを学びました。

😊世界各国の教師と半年間生活したこと

今でも特に価値があると思っているのは、私たちが授業だけを受けて、それぞれの部屋へ帰る生活ではなかったことです。

私たちは約半年間、一緒に生活しました。授業、食事、旅行、グループ活動、文化活動、休日があり、同じ意見の時も、違う意見の時もありました。

22か国の人が一緒に住めば、全員が同じように考えることはありません。

しかし、違いがあったからグループがばらばらになったわけではありません。

反対に、時間がたつにつれて、その違いを通してお互いをもっと知るようになりました。

どう話したらよいか、何を質問してよいか、自分の文化の基準だけで相手を判断してはいけないこと、そして同じ世界を同じように理解していない場合もあることを、少しずつ学びました。

これは教科書を読むだけでは得られない、異文化コミュニケーションの実際の経験でした。

😊Transcript には書かれていない学び

研修が終わると、Transcript は私がどの科目で ABC を取ったかを教えてくれます。

Certificate は何時間勉強したかを教えてくれます。

OPI は会話能力のレベルを教えてくれます。

しかし、日常生活の中で学んだすべてを記録できる書類はありません。

Transcript には、インドネシアの友人から何を学んだかは書かれていません。

Certificate には、ロシアやブラジルの文化についてどのように理解が増えたかは書かれていません。

OPI には、授業後に日本人スタッフと話したことで、言葉について何を感じたかは書かれていません。

また、22か国の人々の中で生活したことが、20代の一人の人間の世界の見方をどのように変えたかも、どの書類にも全部は書けません。

このような経験は、時間がたってから少しずつ意味が分かるものだと思います。

研修の終了

200934には Certificate の授与と送別の活動があり、その後、参加者はそれぞれの国へ帰る準備をしました。

私は20093月、研修終了後に帰国しました。

日程だけを見ると、約半年はそれほど長くないかもしれません。

しかし、その間には、数百時間の授業、22か国38名の教師との共同生活、模擬授業、教材作成、試験、旅行、日本人家庭での Home Stay、学校訪問、地域交流、文化活動、そして日常生活で日本語を使い続ける経験がありました。

それら全部を合わせると、この半年間は私にとってとても重要な時間でした。

😊この研修から得たこと

Long-Term Training Program for Foreign Teachers of the Japanese Language 2008–2009 から得たものを整理すると、いくつかの面に分けることができます。

1. 日本語能力

授業だけでなく日常生活でも日本語を使い続けたことで、日本語能力を継続的に伸ばすことができました。研修終了に近い時期に受けた OPI Advanced Mid という結果は、その時点の会話能力を示す一つの評価です。

2. 日本語教授法の知識

Teaching Methodology によって、授業をより体系的に見ることができるようになりました。「何を教えるか」だけではなく、「学習者はどうやってこれを学ぶのか」と考えるようになりました。

3. 日本社会と日本文化への理解

教室での学習と日本での生活を一緒に経験したことで、日本語、日本社会、日本文化の関係を以前より理解できるようになりました。

4. 異文化コミュニケーションへの理解

22か国の教師と生活したことで、文化の多様性を実際の生活の中で経験しました。

5. 専門的なネットワーク

そこでできた関係は、友人関係だけではなく、さまざまな国で日本語を教える教師同士のネットワークでもありました。

6. 日本的な仕事の進め方や管理への関心

センターや日本の組織の仕事の進め方を日常生活の中で観察したことで、私の関心は日本語と文化から、日本的な仕事や組織運営の考え方にも広がりました。

7. 自分自身の成長

順調だった時期だけでなく、個人的な問題があった時期も含めて、自分自身について学び、以前より強くなる経験になりました。

😊今振り返って

今振り返ると、この研修の助成を受けた時期は、私の仕事の人生にとってとても良い時期だったと思います。

私はまだ新しい教師で、20代で、教師経験は約2年でした。教え方について多くの疑問があり、新しい考え方や方法を受け入れやすい時期でもありました。

そのため、浦和で学んだことは、仕事を始めた初期の段階から、自分の考え方や専門性の基礎を作ることに役立ちました。

私は、日本についてすべてを知っている人としてタイへ帰ったわけではありません。

むしろ、自分がまだ知らないことはとても多いということを、以前より理解して帰りました。

しかし、これから学び続けるための道具、経験、考え方の枠組みを持って帰ることができました。

その後、私の関心は日本語教育だけではなく、日本社会、日本文化、異文化コミュニケーション、仕事、そしてタイと日本の関係のさまざまな面へ広がっていきました。

The Japan Foundation の研修助成を受けたことへの誇り

今、当時の書類をもう一度見ると、今でも変わらない気持ちがあります。それは、The Japan Foundation の研修助成を受け、参加者として選ばれたことを誇りに思う気持ちです。

私たちの年には、22か国から38名だけが参加し、タイからは2名でした。

日本語教師として約2年しか経験がなかった私にとって、外国人日本語教師の育成で国際的に重要な役割を持つ専門機関で研修を受けることは、とても価値のある機会でした。

この誇りは、Certificate を受け取ったことや成績が良かったことだけから来ているのではありません。

約半年間、教師として本気で学ぶ機会を持てたこと、もう一度学生に戻れたこと、自分の教え方を確認できたこと、日本語力を伸ばせたこと、日本社会で生活できたこと、多くの国の教師と知り合えたこと、そしてそれらの経験をタイへ持ち帰って使えたことを、今でも大切に思っています。

😊まとめ

Long-Term Training Program for Foreign Teachers of the Japanese Language 2008–2009 は、日本語学習者としても、日本語教師としても、私の成長に大きく関係した経験でした。

渡日前の私は、約2年の経験しかない新しい教師でした。

研修を終えたからといって、何でも知っている専門家になったわけではありません。しかし、その後自分を成長させるための基礎、知識、考え方、経験が以前よりはっきりしました。

正式な授業380時間、9科目中7科目のA評価、OPI の 上級(中)– Advanced MidTeaching Methodology の研修、文化活動、校外研修、22か国の教師との共同生活、そして半年間、日本語を共通語として生活したことは、別々の経験ではなく、一つの大きな学びの過程でした。

私が得たものは、単なる「日本についての知識」ではありません。

外国人学習者に日本語を伝えるためには、言葉、学習者、社会、文化を一緒に考える必要があるという理解でした。

また、異文化コミュニケーション、日本人の仕事の進め方、日本の組織文化を理解することの重要性も感じました。これらは、学生や大学生だけでなく、日本の組織や日本人と仕事をするタイ人、そしてタイ社会の日本理解にも役立てることができると思います。

何年もたった今、私はあの時の浦和での研修を、仕事を始めた初期の自分を成長させる大切な出発点の一つとして考えています。

日本語教育の知識と能力を高め、日本語だけではなく日本社会、日本文化、仕事の世界にも視点を広げ、異なる文化の人々と実際に生活することで文化の多様性を理解し、日本語教育を教室だけのものではなく、人と人の理解を作る一つの方法として考えるようになりました。

私にとって、これが Long-Term Training Program for Foreign Teachers of the Japanese Language 2008–2009 に参加した経験の最も大きな価値です。

そして今、当時の書類や写真を見直しても、まだ新しい教師だった時期に The Japan Foundation からこの機会をいただき、外国人日本語教師の育成で世界的に重要な機関の一つで学び、その知識と経験をタイの学習者、タイ社会、そしてタイと日本の相互理解に役立てることができたことを、私は今でもうれしく、誇りに思っています。

ナッタポンより